一般的な学校教育を憂うきっかけとなったスピーチ

日々教育に関することを読んで勉強していますが、ことあるごとに私が振り返るスピーチがこれです。私が一般的な学校教育を憂うきっかけになった原点とも言えます。そして私が「こどものためにできること」とはなんだろうと、自分に問う時に常に思い出すスピーチです。

Sir Ken Robinson makes an entertaining and profoundly moving case for creating an education system that nurtures (rather than undermines) creativity.

私自身、10歳から日本で”(成績が)良い学校”に行くために受験勉強を経験した身です。そしてそれについては、果たして自分が自分の子供に同じようにしたいかというとそれは違う気がします。自分の親はその時にできる最善を私につくしてくれた。では私は自分の子供に何ができるだろう、そしてどうしたいだろうかと考えます。

ここアメリカで良く聞く言葉は”let the childeren be chidleren” (子供は子供らしくさせろ)。小さな子供たちを見ていると個性がそれぞれ違い、どの子も想像力(イマジネーション)と創造力(クリエイティビティ)に満ち溢れています。子供をあるがままに育てること。まさにレッジョ・エミリアアプローチの「子ども達の100の言葉 。

”良い学校”って何?

子供の教育をどう考えるかは各家庭の価値観によるのでそこには言及しませんが、このケン・ロビンソンの素晴らしいスピーチが何かを考えるきっかけになってもらえたらと思い紹介します。

スピーチを抜粋します。

・子供は誰もが比類なき才能を持っている

・子供は自分に才能を発見するとそれに没頭する

・創造性(クリエイティビティ)は識字能力と同様に重要である

・子供たちは間違えることを恐れない

・間違えることを恐れていたら決して独創的なものなど思いつかない

・しかし現在の教育は間違えることを非難する。会社も同じように経営される。間違えることを許されずに育った子供は本来の才能を失ってしまう

・教育が人間本来の創造性を殺してしまっている

・ピカソは言う「子供はみな生まれながらのアーティストだ。 問題は成長しながらどうやってアーティストたり続けるか 」

・我々は創造性を育てるどころか見失い、創造性の欠落した教育を受けている

・世界どこの国でもだいたい優先される科目は国語と数学。芸術科目は評価されない。数学を毎日やるようにダンスを毎日教える先生はいない

・なぜか?数学もダンスも同様に大切なのに

・なぜならば、今の教育制度は産業主義社会のニーズから生まれたからである。それゆえ、働くために有用な科目が最優先される

・小学生の頃に好きで得意だったこと、砂遊びでは仕事はもらえない。大人は言う、「君はアーティストになるわけではないから音楽やアートなんてしなくていい」

・学校での成績だけが知性だと捉えられているが、それは産業主義社会のニーズを元に作られた教育システムのせい

・世界中に広がる今の学校教育が、成績の良い大学に入るために敷かれた長い道のり

・学力だけで学校が判断するために、無数の天才的で創造性溢れる人たちが「自分は才能がない」と感じている。学校は彼らの才能を評価しないどころか ダメだと烙印を押してしまうから

・しかし世界は変革している。テクノロジーの進化や労働環境の変化により、現在では大学の学位がまるで意味をなさなくなった。大学の学位があれば仕事が見つかるという時代は終わった

・知性とは学力ではなく、多様であり、ダイナミックであり、比類なきもの

・創造性とは、独創的で価値のあるアイディアを構築するプロセスであり、創造力は様々な分野や価値観の相互作用によって生まれる

・私たちは次世代の人間を教育するための、根本的な理念を再考しなければならない

・人間の限りない創造性が私たちの生を豊かにすることを知り、子供たちが未来の希望であると認識すること

・子供をあるがままに育てること

・子供たちは未来を生きていく。私たちの役割は子供たちが未来を創る支えとなること

Mutsumi Paterson // Los Angeles

ムツミ・パタソン(ロサンゼルス)

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