先日ビバリーヒルズで開催された、アメリカの幼児教育の第一人者であるErika Christakisのワークショップに参加しました。彼女はニューヨーク・タイムズのベストセラー “The importance of being little”の著者。エリカはレッジョ・エミリアアプローチの教育者ではありませんが、伝えていることはレッジョに通ずるところが多数。そんな彼女が頻発して使ったのが「フィンランドでは・・・」という引用。

フィンランドの教育、あまり馴染みがなかったので家に帰りすぐに調べてみました。

”Collective Evolution – Where Do We Invade Next” Michale Moore

なんと・・・素晴らしいではありませんか!先進国で主流になっている偏差値教育の行き先は、もしかしたら”成績の良い学校”への入学かもしれませんが、それが人生のゴール、もしくは良き人生への必須事項だとは私にはどうしても思えません。ちなみにエリカも宿題は必要ないと言っていました。

学びはあらゆる場所にある

上記のビデオはアメリカから見たフィンランドの教育ですが、フィンランド大使館のウェブサイトで、より理解が深まりました。

新カリキュラムでは、複数の教科にまたがった横断的な教育を行う時間を最低でも1回設けることを義務付けています。「地球温暖化」や「欧州連合」といったテーマを、数週間にわたるひとつのプロジェクトとして学ぶことになります。

教室のなかだけで教育が行われるわけではありません。教室外でどのような教育が行われるかは、学校や教師に委ねられています。「教育学的な方法は変わりました。生徒はもう同じ場所にずっと静かに座っている必要はなくなり、どこでどのように学びたいか自分たちで選べるようになります」と、フィンランド国家教育委員会で基礎教育課を率いるアンネリ・ラウティアイネンは言います。「新設の学校には廊下がないところもあります。将来は、囲われた教室という空間自体、必ずしも必要ないのかもしれません。学びはあらゆる場所にあるのですから」

プログレッシブ・エデュケーションが今後求められる

ここアメリカでも、最先端を行く学校の勉強の進め方は教科書主導ではなく、課題を子ども達が掘り下げていく「プロジェクト・ベース」の形を取ります。これがまさにこれからの世界に必要な”プログレッシブエデュケーション”の姿ではないでしょうか。なぜならば社会に出てからは、教科書通りに物事が進むなんてことはまずありません。逆に言えば、教科書通りに予測がつくような仕事は20年で消滅すると、オックスフォードの研究で出されています。将来仕事に求められる力とは、プロジェクト(課題)ごとに取り組めるフレキシビリティ、そしていかに革新的な考え方ができ、問題解決をする力を持てるかということになるかと思います。教科書通りに丸暗記をする勉強の仕方ではこれらの力はつきません。

教育のゴールとは子どもが幸せに生きる方法を教えること

このビデオの中で、ひとりの先生が「子ども達にどうなってほしいか?」との問いに対し、「幸せになってほしい」と答えています。彼はなんと数学の先生。

幸せの定義は個人や家庭によって違い、それに導く教育や育児法も違うかとは思いますが、私はこう考えます。子どもをあるがままに育てること。前回のブログ「学校教育は創造性を殺してしまっている」でも書きましたが、子どもが持つ無限大の可能性を大人の定義で殺してしまわないこと。子どもが子どもでいられる年数は本当に短いのです。テストで点数を取ることよりも大切なものが人生には待っている。どこの国に住んでいても個人の力で教育システムを根本的に変えることは難しいかもしれません。でも、親が子どもにどういう環境を授けたいかは決めることができます。親がどういう意識を持つのか、そして子ども達にどういう世界を見せていくのか。それは今日からでも変えられるのです。

Mutsumi Paterson // Los Angeles

ムツミ・パタソン(ロサンゼルス)

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